Origin-Styleの創造、仕事とは

—— 源の位置から見た仕事の捉え方

私の捉える仕事は、
何かを得るための行為ではありません。

生きるためでも、
お金のためでも、
価値を証明するためでもない。

その前提で、
仕事を定義しなくなりました。

仕事は「やるもの」ではない

源の位置から見ると、
仕事とは
存在が、そのまま外に現れている状態です。
存在のクリエイト

それは呼吸に近い。

「しよう」と意図して起こすものではなく、
止めようとしても、
自然に起きているもの。

この位置にいると、
「働いている」という感覚は、
ほとんどありません。

あるのは、

  • 話している
  • 書いている
  • その人の周波数を観ている
  • 存在と思考の差異、歪みを指摘する

ただ、それだけ。

それを、
社会的に「仕事」と呼び、
結果として金銭が伴っている。

それ以上でも、
それ以下でもありません。

仕事は、役割ではなく「ピース」

仕事を
役割や肩書きとして捉えると、
人は自分を歪め始めます。

源の位置から見ると、
仕事は
パズルのピースのようなものです。

一人ひとりが、
自分の凸凹を隠さず、
盛らず、
削らず、
そのままで在る。

内側から自然に湧き上がるものを、
ただ形にしていると、
それを必要とする場所が
自然に現れます。

探しに行かなくても、
売りに行かなくても、
ピースは勝手に合わさっていく。

仕事が重くなるとき、何が起きているか

仕事が重く感じられるとき、
多くの場合、
無意識の前提が働いています。

  • 仕事=努力
  • 仕事=我慢
  • 仕事=対価交換

この前提に立つと、
仕事は
「やらなければならないもの」
「他者から評価されるためのもの」
に変わります。

しかし、
本来の仕事は存在のクリエイトです。
それは源からの創造です。

歌う人は歌う。
描く人は描く。
整える人は整える。
作る人は作る。

そこに
「役に立たなければ」
「稼がなければ」
という意図を混ぜた瞬間、
仕事は歪み始めます。

お金は、目的ではなくクリエイトの反応

仕事にはお金が循環します。

ただし、
それは目的ではありません。

目的にした瞬間、
仕事は重くなります。

源の位置から見ると、
お金は
報酬ではなく、循環の一部でありクリエイトの反応です。

存在が自然に放たれたとき、
現実側が返してくる反響。

その循環が、
たまたま金銭という形で
可視化されているだけ。

だから、
金銭の流れを
「起こそう」としなくても、
必要な循環は自然に起きていきます。

「仕事を選ばない」という在り方

源の位置にいると、
「何を仕事にするか」を
あまり考えなくなります。

あるのは、

  • 今、何が観えているか
  • どこがズレているか

それを、
そのままカタチとして表現する。

整えようともしない。
分かりやすくしようともしない。

それが結果として、
仕事と呼ばれているだけです。

もし、仕事が重いと感じているなら

もし今、

  • 仕事が辛い
  • 働くことが苦しい
  • 価値を感じてもらわなければ

と感じているなら、
それは
仕事をしているのではなく、
自分を売ろうとしている状態かもしれません。

源を思い出し、存在をクリエイトする。

自分の凸凹を隠さず、
盛らず、
削らず、
ただ在る。

存在に戻ったとき、
「仕事」という言葉は、
自然と意味を失っていきます。

それが、
origin-style が捉えている
源からの創造、仕事の在り方です。

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